剣道に鍔競り合いはいらない?「コロナ暫定ルール」が恒久化されて剣道が変わった

観の目見の目

 やや旧聞に属するが、昨年(2024年)9月1日付けで、2020年度より実施されてきた「新型コロナウイルス感染症が収束するまでの暫定的な試合審判法」(以下、「暫定ルール」と記す)が、ほぼ全面的に恒久的な規則となった。

 簡単に言えば、鍔競り合いは「一呼吸・3秒まで」というルールになった。それ以上続くようであれば、反則となるか分かれをかけるということになるが、2020年度以降の全日本選手権などを見た印象では、ほとんどの選手が3秒以内で分かれるように努めており、反則や「分かれ」はあまり見られなかった。暫定ルールが初めて採用された2020年度(2021年3月開催)の全日本選手権大会の後に、このルールを恒久化すればいいのではないかという記事を書いたが、多くの関係者も同じように感じたのだろうと思う。

 全日本剣道連盟が発表した「全日本剣道選手権大会(男・女)試合分析報告」によれば、鍔競り合い時間はコロナ前の2019年度の全日本選手権では1試合平均3分45秒だったのに対し、2020年度(2021年3月開催)の同大会では24秒、2021年度の大会では45秒と激減している。

 また、引き技の状況も大きく変化した。鍔競り合いからの引き技はほとんどなくなり、鍔競り合いになった瞬間やなる前の接近した状態からの引き技が大きく増えている。「分かれ」が増えることも懸念されたが、「分かれ」がかかったのは2020年度は全体でわずか1回、2021年度は0回と、実際にはほとんどなく、選手が自主的に鍔競り合いを解消していた。

 この規則の恒久化は英断であったし、現時点では良かったと思っている。

鍔競り合いに関する規則の変遷

 鍔競り合いの扱いは、剣道規則上で長い間懸案となってきた問題である。

 戦後剣道が復活し、1953年に全日本剣道連盟として初めての試合・審判規則(当時は「規程」)が定められた。そこでは「禁止事項」として11項目があげられ、「足がらみ」「組打ち」「引き揚げ」「故意に場外に出ること」などとともに「時間を空費する為の鍔ぜり合い」「鍔ぜり合いのとき竹刀を対手の肩に掛けること」があげられている。1955年~58年の改正で、反則行為を3回繰り返すと相手に一本が与えられることになった。しかし鍔競り合いについては、長引いた場合は主審が「分かれ」と指示して分かれさせていた。この時代の実態を私は知らないが、鍔競り合いを長く続けたことで反則を取られることはなかったのだろうと思う。

 それが1979年の規則改正で大きく変わる。「分かれ」を廃止し、打突のない鍔競り合いの時間を制限して(約20秒)、違反した場合は注意を与えることになった。注意2回で反則1回、反則2回で一本となる。

 改正の理由は以下の通りである。
「従来は近間に迫ったときいたずらに鍔ぜり合いとなり、時間を空費するどころか時間かせぎをする弊風があった。この改正によってこれを矯正するとともに審判員が“分かれ”“始め”の指示に追われることから解放され試合がスムーズに行われることを目的としたものである。」(『全日本剣道連盟30年史』)

 さほど間をおかず1987年に規則が大きく書き換えられる。「余勢場外」の廃止と文章の整理が主で、鍔競り合いの扱いについては大きな変更はない。注意2回で反則1回、注意3回目で反則2回と変わった(それまでは3回目は注意で4回目で反則2回)と当時の記録にあるが、実際にそう運用されていたのか、記憶にない。注意2回で反則となることは相当数あり、場外反則か竹刀落としと合わせて相手の一本となるケースはあったが、鍔競り合い注意3回目が宣告されるケースはあまりなかったと思う。

 次に大きな規則改正が行われたのは1995年だった。鍔競り合いに関しては「分かれ」が復活し、「注意」は廃止され、不当な鍔競り合いや時間空費は1回目から「反則」となった(反則2回で相手の一本)。規則改正時の試合・審判委員長だった松永政美範士は、当時こう説明している。
「これまで、鍔競り合いが試合の活力や緊迫感をそいでいる、という指摘がありました。それを解消するためのものですが、今回の『分かれ』は言わば伝家の宝刀で、鍔競り合いにおける反則などはきっちりとっていきながら、なお膠着してどうにもならない時に分かれをかけるのです」

鍔競り合いは「間合」の一つではなくなった

 この1995年の試合・審判規則改正に関して、私はそれでいいのか?という疑問を持った。剣道の技術としては前に出て打つ技が主、引き技は従であると思っていたので(現在もそう思っている)、そうなるような規則にすべきだと考えていたからだ。その新しい規則は中途半端で、大きな変化は期待できないと思ったのである。

「剣道日本」1995年7月号では「新規則で鍔競り合いが変わる」というタイトルで新しい規則について解説しているが、改めて読み返してみると当時の私の危惧や、鍔競り合いと引き技についての考え方が現れている。長くなるが引用する。

「鍔競り合いに関する規則によって、鍔競り合いからの技、つまりひき技の技術は大きく変わってきた。かつての全日本選手権ではひき技はあまり見られず、あっても旗が上がりにくかった。決まり技になるようになったのはここ10年ほどのことだろうか。それは昭和54年のルール改正によって、鍔競り合いから打つ気を見せないでいると注意を取られるようになったために、技を出すようになった、と考えられる。
それは審判がひき技をよくとるようになったことも影響しているが、確かにルール改正の効果だったといえる。近年では50代、60代の剣士が戦う明治村大会などでもひき技が見られるようになり、高校生では小手とならんでひき技は主要な武器で、従来剣道の教本にはないような多彩で高度なものになっている。改正当初は鍔競り合いに緊迫感が生まれ、やがてひき技の増加、高度化という技術の変化が現われたのである。
だが、たとえば、現在の全日本選手権クラスの選手でも、ひき技でなく前に出て決めたい、というような言葉を吐くことがある。それより上の年代の剣士は多くがそのような気持ちを持っているようだ。勝ち負けだけを考えればひき技は重要な手段だが、剣道の『美学』の中には、やはり前に出る技が最高という意識がこれまであった。(中略)だが、明治村の例でも分かるようにそういう意識はだんだん薄れ、技に上下はない、という考え方をとる人も多い。
もちろん、鍔競り合いも重要な打突の機会である。だが、もし鍔競り合いからの技のほうが一足一刀の間合からの技よりも多くなってしまったとしたら、やはり良しとしない剣士が多いのではないだろうか。
(中略)今回の改正も当初は効果があるだろうが、これまでも、特に若い世代は規則が変われば、それに対応して技術を変えていった。5年、10年先に鍔競り合い、ひき技の技術やそれに対する意識がどう変化していくかで規則の価値も決まるし、また新たな対応が必要になるかもしれない」

 この規則が施行された当初は「分かれ」がかかる場面も散見されたが、徐々にその前に反則を見極めるという傾向が強くなっていったと感じた。何をもって膠着とするか判断が難しい、という声も聞かれた。何をもって反則とするかも微妙で、狭い空間でのことなので試合場の外から見ているとよく分からない。また「合議」によって試合が途切れる場面が増えるという弊害も見られた。鍔競り合い反則を取られた選手がさらに場外反則や竹刀放しの反則を犯して、団体戦の勝敗が決まってしまうというような味気ない場面も出現した。そして、データはないが、この規則改正で鍔競り合いの時間が短くなった印象は受けなかった。

 さらなる改善が必要と考えたのは私だけではなかった。1999年、警察大会独自のルールとして「鍔競り合いは10秒で解消しなければならない」と定められた。2004年にはさらに短くなり「鍔競り合いは5秒で解消しなければならない」とされた。これは全日本選手権に適用される規則ではないが、同大会では警察所属の選手が大部分を占めるため、とくに5秒となった2004年の全日本選手権では明らかに鍔競り合いが短くなった(と当時の「剣道日本」の記事にある)。

 また、高体連はそれを追うように2008年より「申し合わせ事項」として「10秒ルール」を定めた。
「(ロ)審判員は、不当な鍔競り合いの「反則」を厳密に見極めるとともに、正し い鍔競り合いの攻防が10秒程度続いた場合、時間空費の「反則」または 「分かれ」を見極める。 ただし、安易に「分かれ」をかけない」

 コロナ禍での暫定ルール以前からこういうグランドルールの試みがあったことで、この頃から他の大会も含めて鍔競り合いの時間が短くなっていった、と私はとらえている。

 だが、本家の全剣連の規則自体は変わることがなかった。それが新型コロナウイルスという「外圧」により、長い時間相手と近接して向かい合っていることが感染の可能性を高めるという理由で、変えざるを得なくなった。やってみたら試合内容が良くなった。
やむを得ない外圧のため実施したら上手く行ったので恒久化した、という印象がぬぐえない。鍔競り合いを5秒までにする、10秒までにするというアイディアは警察や高体連にあったわけだから、広く意見を集めて意見を戦わせるようなシステムがあればもっと早くできたのではないか。言わば結果オーライであったことは残念に思う。

ルールが剣道の内容を変えてきた

 上段をとって全日本選手権を2度制し、二刀を遣って八段になった戸田忠男範士(故人)は、「私はかねてから“つばぜり合いなき剣道”の実現を理想としており……」と語っていた

 「鍔競り合いには大きな益となる部分は見当たらず、むしろ日々稽古で培ってきたものを鈍らせるような悪い働きが目立つように思います。(中略)密着状態から相手に打たれないように技を封じる。そこからまるで一本を盗みとるようなかたちで狙うひき技は私の目には実に姑息なものに映ります」(「剣道日本」2016年4月号)

 2016年の第26回学連剣友剣道大会で審判長を務めた戸田範士は、そんな信念に基づいて審判員に鍔競り合いになった場合はすみやかに分かれをかけ、二度三度と繰り返すようであれば反則を取るように提言した。その大会では鍔競り合いは少なくなり、真っ向勝負の試合が増え、進行もスムーズだったそうだ。

 このように鍔競り合いは剣道に不要と考えていた人もいる。 しかし私自身は、前述のように鍔競り合い時間を短くすべきとは思っていたが、長い間剣道を見てきたためか、「鍔競り合いも打突の機会の一つ」という固定観念から抜け出せず、鍔競り合いをまったくなくしてもいいとまでは割り切れなかった。

 平成の半ば頃だったろうか、ある強豪校の練習を取材させていただくと、鍔競り合いから始めて技を出す練習していた。指導者が生徒と鍔競り合いをしながら技の出し方を教えていた。当時は試合が始まってすぐ鍔競り合いになることも多く、試合時間の3/4が鍔競り合いという調査結果もあった時代であり、それは当然行うべき練習だと思った。「鍔競り合いも一つの間合」という考え方は、とくに高校などの指導者には浸透していたと思う。

 だから、若い頃から鍔競り合いからの技を磨いてきた選手、武器として教えてきた指導者などの中には、この新しいルールを残念に思っている人もいるのかも知れないが、それはちょっと分からない。

 今回の暫定ルールの恒久化は試合・審判規則(細則)を改訂するのではなく、「剣道試合・審判・運営要領の手引き」を改訂する形となった。しかし内容的には1995年以来の大きな転換と言える。

 私が最も注目するのは、以下の文言である。
(旧手引き)「つば(鍔)競り合いは、鍔と鍔とが競り合って互いが最も接近して緊迫した間合である」
(新手引き)「つば(鍔)競り合いは、鍔と鍔とが競り合って互いが最も接近して緊迫した状態である」

 これまでは鍔競り合いも「間合」の一つであるとしていた。つまりそこから技を出すことのできる距離であり、打突の機会となるということだ。それを「状態」にしたということは、それは技を出す距離、機会ではないという意味合いになるだろう。もちろん技が出せないわけではなく、鍔競り合いからの引き技は有効としないという意味ではないが、これはかなり大きな転換である。戸田範士の言う「鍔競り合いのない剣道」へ舵を切ったと言えるのではないだろうか。

 今のルールがベストかどうかはまだ判断するのは早いかもしれないし、今後別な問題が生じてくるかもしれない。そうなればまたルールを変えればいいのである。振り返ってみて明らかなのは、ルールが剣道の内容を変えてきた、ということである。ここではあくまでも試合での剣道に限った話をしているが、試合においては選手はルールに合わせて戦い方を変える。その試合における剣道の内容が本筋から離れているというのなら、本筋から離れないようなルールに変えるのが剣道界を導く立場にある人たちの最も大切な仕事だと思う。

2025年4月3日記

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