「剣道はもっと形を大切にすべきではないだろうか。」という記事で書いたことの繰り返しになるが、2026年2月、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックを見ていたら、剣道には公式の「日本剣道形競技大会」がぜひとも必要だという思いがさらに強くなった。
日本剣道形競技大会はもちろん採点競技である。冬季オリンピックの採点競技の代表格がフィギュアスケートだ。技術点、演技構成点がそれぞれ細かく決められ、減点の対象も細かく規定されている。熱心に見ている人のほとんどが未経験者であってもある程度は納得がいくだろうし、細かくは知らなくても点数を気にかけながら見ることができる。
他にも採点競技は多く、回を追うごとに増えている印象がある。フリースタイルスキー(モーグル)はターン、エア、タイムと項目ごとに点数を付け、合計点で競っている。スノーボードのハーフパイプ、ビッグエア、スロープスタイルなども同様だ。
スノーボード男子ハーフパイプで4位となった平野流佳選手が自分の点数には納得がいかないと話したように、不満が残ることもあるだろう。私たち素人から見れば、3位と4位の差がどこにあるかは全然分からない。だが、ある程度見ていると「こっちの方が技術的に上だろう」と突っ込んだりしながら楽しむこともできる。それを解説者が分かりやすく説明してくれると納得がいくこともあるし、そうでないこともある。
どの競技も最終的には審判員の主観もあるかも知れないが、できるだけ客観的に判断できる材料を提供すべく努力しているように思える。
スキージャンプでは、距離だけでなく飛型点が加味される。何名かの審判員が採点して、一番高い点をつけた人と一番低い点を付けた人の採点は採用しない方式で、公平な判定ができるように工夫している。
たまたまかも知れないが、フィギュアスケートや今回躍進したスノーボードなど、日本選手はそれらの採点競技に強い印象がある。それは日本人が従来から身体を動かすことに関して、「美しさ」「見事さ」みたいなものを求めてきたからではないだろうか。武道や茶道などの伝統が影響しているのではないだろうかと思ったりもするのだ。
他の武道には形の大会があるのに
以前居合道の取材で会ったある方が始めた動機を、「中学高校と剣道をしていたが、試合ではまったくといっていいほど戦績を残せなかった。だが、剣道形は上手いなと指導者から褒められていた。それで大学からは形で競う居合道に転向した」と話していた。やはり剣道から居合道に転向した別の人からは「剣道でガチャガチャと闘志を前に出して打ち合うのが嫌で、自分には向かないと思った」と聞いた。
こういう志向の人は実は少なくないのではないかと思う。彼らが居合道に転向してももちろんいいのだが、さらに剣道形の試合があれば、前のめりで形に取り組んでくれるのではないだろうか。
「剣道日本」では日本剣道形大会を県や道場レベルで実施している人たち、それを目指して剣道形に熱心に取り組んでいる人たちを何度か取材したことがある。一本を取り合う試合とは違う魅力がそこにはあるようだ。それも剣道の魅力の一面だろう。
一歩引いて見れば、剣道に形大会がないのが不思議だとさえ思う。他のほとんどの武道にはあるからだ。
空手道に「組手」競技と「形」競技があることを、2021年の東京オリンピックで知った人も多いだろう。日本は男女一回級ずつの形で金メダルと銀メダル、三階級ずつの組手で銅メダル1つを獲得した。形でメダルを取った選手の方が皆さんの記憶に残っているのではないだろうか。日本は形の方が強いのかもしれない。
なぎなたは戦後の全日本なぎなた連盟発足当時から、「試合」と「演技」(=形)の競技がある。柔道では1997年に全日本柔道形大会が始まり、2007年からは国際大会が始まった。
スノーボードもハーフパイプなどの採点競技と、タイムを競う大回転や4人で競争するスノーボードクロスがある。これは形と試合がある武道と同じような構造になっている。
スキーはタイムを競うアルペンだけでなくジャンプや距離など多くの種目があるが、面白いのはスキーの総合的技術を採点して決める技術選(全日本スキー技術選手権大会)という日本独自に発展した大会があることだ。1960年代から続いているもので、これはまさに形競技大会であろう。西洋に起源のあるスポーツであっても、日本人は形(型)文化として追求してきたのだ。
演技を採点して勝ち負けをつける試合を多くの武道、スポーツが取り入れいて、広く受け入れられている。オリンピックを見ていても、そういう種目が年を追うごとに注目を集めていると、今回のオリンピックを見て感じている。
前回の冬季オリンピックのスノーボードで、女子では成功したことのない技(3回転だったか)に挑戦した日本人選手がいて、失敗したその選手に国籍を問わず多くの選手が駆け寄り、その挑戦を称えていたのを覚えている。ライバルに対して敵対心を燃やしてガチガチに戦うのではなく、試合が終われば結果を受け入れて、勝者を、あるいは果敢に挑戦した選手を称える。今回も同じような光景が見られた。そういうスポーツ文化が今の若い世代に広がりつつあると感じる。武道の形試合もそれと同じ文化圏に入れるのではないだろうか。
古流剣術の形も取り込めれば理想だが……
剣道形の演武に勝ち負けをつけるなんて無理と考える方もいるだろう。しかし他の武道、スポーツはそれを工夫しながらやっている。そして全日本剣道連盟でも居合道や杖道の大会ではとうの昔から実施している。剣道形大会がないのがむしろおかしいと思わざるを得ない。
実際に行う場合、現在の居合道大会のように3人の審判員が赤白の旗で判定する、というのはもはや時代にそぐわないだろう。勝ち負けの基準がブラックボックスで見る人にまったく分からないからだ。細かい採点基準、せめて正確性、気迫、体さばき……といった項目ごとに点数をつけて合計するような採点法を、透明性を持って採用するのは必須だろう。フィギュアスケートのように、できるだけ門外漢にも分かるような客観的基準を示すべきだ。
もちろん、それをできるだけ客観的に正確に審査できる審判員も必要になる。それは範士、八段という段位称号とは別に形専門の審判員の資格を設けるべきだろう。
確かに空手の形の勝敗は我々素人が見ても、なぜその選手が勝ちなのかは分からない。前述のスノーボードの例のように、すべての競技者が結果に不満をまったく持っていないわけではないだろうが、とりあえず成立しているし、多くの競技は公正な採点方法へ進化させる努力を続けている。
さらに理想を言えば、日本剣道形だけでなく柳生新陰流、小野派一刀流、二天一流などに代表される古流剣術の形も含めた形大会があってほしい。古流剣術も取り込む形で剣道を発展させていくべきだと私は思っている。そうすれば試合と段位を目標とする剣道の人だけでなく、日本刀に惹かれ、憧れる人たち、剣道をする人の何倍、何十倍、何百倍の人たちを世界中から集めることができると思うからだ。
日本の人口が減っていくことは確定している。そして剣道人口の減少率は少なくとも過去20年に渡って日本全体の人口減少率より大きい。遠い将来は何があるか分からないが、少なくともこれから30年ぐらいは剣道人口が大きく減っていくことが確定している。
だが、海外での剣道人口は増えているし、これからも増えるポテンシャルがある。海外剣士の多くはサムライや日本刀に惹かれて剣道を始める。当然、日本刀を扱う居合や形、古流剣術にも大いに興味がある。日本の剣道、つまり全日本剣道連盟はそれに応えられるキャパシティがなければならないと思う。古流剣術は他の団体を探して下さい、ではなく、剣道に入ってきた人たちに古流剣術を教えられる体制、あるいは古流剣術の道場へも導いてあげられるような体制が必要だと思う。
現状を見ればそれは夢物語である。だが、たとえば八段審査には日本剣道形の他に、何流でもいいから古流剣術の形と、全剣連居合を課すぐらいのことは、すぐにでもするべきだと私は真面目に思っている。
八段といえば達人である。剣道の理念「剣の理法」を熟知していなければならない。竹刀での打ち合いと十本の日本剣道形だけで「剣の理法」が分かるのだろうか? 達人といえるのだろうか?
とりあえず日本剣道形大会をやりませんか! それにより剣道人口は少なからず増えると思うから。
2026年2月19日記

