こちらでのお知らせが大変遅くなりましたが、昨年(2025年)10月に『居合道虎の巻 令和版』を刊行しました。左文右武堂の刊行物ではなく、(一社)日本武道出版が発行元ですが、全体の編集と7~8割のページの執筆、撮影を私(鈴木智也)が担当しています。
今回は古流居合の特集として、夢想神伝流、無双直伝英信流、無双直伝英信流山内派、新陰流、関口流の業と道統、剣理について紹介しています。その他、インタビュー、道場ルポ、居合刀、居合衣の紹介など多彩な記事で構成しました。
『居合道虎の巻』を世に出すまで
これが7冊目となり、最後となるかも知れない『居合道虎の巻』について記しておく。
最初の『居合道虎の巻』は、2008年に当時「剣道日本」の発売元だったスキージャーナル社から刊行した。
私が1985年にスキージャーナル社に入社した当時、「剣道日本」には二本ぐらいは居合道の連載記事があり、年1回程度は居合道の特集記事があった。だから剣道の世界を知らずに入社した私は、剣道をする人の少なくとも何割かは居合道の素養もあり、多くが居合道に興味があるのだろうなと最初は思った。
しかし、さまざまな剣道関係の取材を重ねる内にそうではないことを知る。剣道も居合道も八段(あるいは九段)という人も何人かはいたし、居合道八段で剣道八段にも挑戦し続けているという人も少なからずいた。剣道八段になった方が居合道も知る必要があると感じて初心者として始めたという例もあった。しかし彼らが多数派とは言えなかった。
学生や警察などのトップクラスで活躍している剣道の選手、あるいは八段クラスであっても、居合道を経験したことのない人、それどころか興味のない人の方が多かった。いや、本音のところでは、剣道をしていても日本刀には興味がない剣士、あるいは多少興味はあっも日本刀について知識のない剣士、日本刀に触れたことのない剣士が(今でも)多いのではないかと思っている。
「剣道日本」編集部内では一人の先輩が独占的に居合道関係の記事を担当していて、外部ライターもほぼ一人だけにお願いしており、それ以外の編集部員は居合道に興味がなさそうだった。
1993年に編集長に就任した私は、雑誌全体を見なければならない立場になったことで、居合道の現場にも取材に出てみることにした。間もなく居合道の記事を独占的に担当していた先輩が退職したこともあり、その機会は増えていった。
居合道関係の方々と接するようになって知ったのは、かつて剣道を経験し居合道に移ってきた人は少なくないし、並行している人ももちろんある程度いるのだが、日本刀や武士への憧れがあって居合道に入ってきた人、大学の新歓で居合道を知って始めた人、すなわち剣道未経験者がかなり多いということだった。時代的にちょうど大学の居合道部や同好会のOBOGが増えてきた頃でもあった。
そして剣道とはまた違った居合道独自の魅力についても、徐々に理解できるようになった。上手く言えないが、自分の身体を自分でコントロールする面白さ、それが簡単にはできない奥深さとでも言ったらいいだろうか。
そして取り組んでいる人たちの「色合い」も剣道とは違うと感じた。大学生で比較すれば、剣道の場合、強豪校ほど良くも悪くも体育会系で、先輩、あるいは試合に強い者が上になるような風潮があるのに対し、居合道部(同好会、サークル)は大学によってはかなり肉体的にきつい稽古をしているものの、雰囲気としては身体を使っていながらも「文化系」の集まりという印象を受けた。
また、実は編集長になる前から、「剣道日本」には居合道の記事が多すぎるのではないかと私は思っていた。居合道だけしている人は、居合道の特集がある号は買ってくれるかも知れない。だがそれ以外の号を、居合道の連載が二本か三本あるだけで買ってくれるだろうか? 逆に剣道をしていて居合道に興味のない人にとっては読まない連載、はっきり言って邪魔な記事が毎号二、三本あることになるのではないか、という疑問があった。
後年のことだが、ある人からこの当時(というのは1980年代後半から90年代初め)の「剣道日本」は「居合のページばかり増えて面白くないので(購読誌)を剣道時代に変えた」と言われたことがある。私の危惧が少なくともこの人には当てはまっていた。
編集長になってからもその迷いは続いていたのだが、一つの結論として、居合道の特集をメインにすることやめると決めた。正確に言えば、居合の特集記事は必ず剣道関係の第一特集がある場合の第二特集として掲載することにした。
そしてその代わりに、居合道の記事だけを集めた雑誌(別冊、あるいはムック)を作ろうという思いを抱くようになった(ムックについては後述)。それならば居合道だけ、あるいは居合道を中心に修業している人たちが喜んで買ってくれるだろう。
だが、編集長時代はとてもレギュラーの雑誌以外の出版物を作る時間的余裕がないまま、あっという間に10年が過ぎた。2004年いっぱいで編集長をはずれ、比較的自由に不定期の刊行物を作れる部署に異動して、満を持して刊行したのが最初の『居合道虎の巻』だった(とはいえ異動してから4年かかったが)。

2008年に刊行した最初の『居合道虎の巻』
この最初の『居合道虎の巻』は予想以上に好評を博した。増刷もされて結局当時の「剣道日本」の月平均販売部数の半分ほど売れた。人口比から考えて正直そこまで売れるとは思っていなかった。長年の編集者生活の中で、嬉しかった出来事の一つである。
好評を受けて毎年1冊づつ『居合道虎の巻』を出すことになり、2009年に『居合道虎の巻 其の弐』、2010年に『其の参』、1年空いたが2012年に『其の四』を刊行した。1年空いたのは2011年に社内事情で私が「剣道日本」編集部に戻ったからである。以後はまた居合道には手が回らなくなったまま、2018年初頭をもってスキージャーナル社は破産に至った。
以後の経緯は書けないこともあるので簡単に記す。「剣道日本」消滅を惜しむ方々が手を差し伸べてくれて、その2018年2月には京都で(一社)日本武道出版が創立され、秋に『居合道虎の巻2018』を刊行することができた。2年後にはコロナ禍の中で『居合道虎の巻2020』を何とか世に出した。私自身は日本武道出版に最初の1年間だけ在籍し、以後はフリーランスとして仕事をした。
2年に一回は『居合道虎の巻』を発行しようという方針で、コロナ禍で始動が遅れたものの2022年初夏から次の本の取材を始め、翌年の春には一通り取材を終えていた。ところが、その時点でこの事業を強力に推し進めてくださった方が日本武道出版を離れることになり、一時は出版をあきらめざるを得ない状況にまでなった。結局2年間原稿を寝かせることになったが、2025年になって救いの手を差し伸べてくれる方が新たに現れ、ようやく刊行にこぎつけたという次第である。
雑誌が瀕死の状態にある中で
ここからは、出版業界の事情に話は移る。『居合道虎の巻』がスキージャーナル社から刊行されたときは、「ムック」という分類だった。ムックとは「不定期雑誌」で、週刊、月刊などの定期的に出版される雑誌とは違い、体裁やページ構成は雑誌そのものでありながら、不定期、あるいは一回限りの刊行という単行本的な性格も併せ持った出版物である。
ムックのコードはある程度実績がある出版社しか持つことができないため、新興の日本武道出版から発行した3冊は、見かけ上はムックあるいは雑誌のようだが、分類(コード)としては単行本である。
そして雑誌の将来ははっきり言って暗い、というより瀕死の状態にある。
全国の雑誌販売額総計(ムックもここに含まれる)のピークは1997年で、1兆5644億円だった。それが2024年には4119億円に減少している。ほぼ4分の1という驚くべき減り方である。4分の1減ったのではない。25%減ではなく75%減である。これは金額ベースなので、近年雑誌の単価は上がっているから部数としてはもっと減っている。ピーク時に雑誌を作っていた私からすると、当時は想像もしなかった未来が訪れている。
一方、単行本(紙の書籍)はピークが1996年で1兆931億円、2024年は5937億円と、やはり大きく減ってはいるが半減まではいっていない。
単行本の中には、何箇所も何人も取材して書かれたものもあるが、多くは資料や著者の思いを元にして取材費用をかけずに書く。あるいは一箇所での取材・撮影によって書くことができる。一方雑誌はさまざまな記事を集めた本であり、多くの場合は何箇所にも取材に行く必要がある。当然費用はかさむ。ビジュアル的にも単行本より写真が多くなるので、カメラマンへのギャラ、取材費用もかかる。そしてこの約30年間売上げが年々減っているので、当然費用削減のためページ数は少なくなり、定価は上げざるを得ない。その結果、さらに雑誌離れは加速する。もちろん衰退の根本的な理由、雑誌が「情報」を伝える媒体として、インターネットに量的にも質的にもとって代わられたということである。
書店に行くと今でも多くの雑誌が棚に並んでいるが、皆さんどうやって回しているのか。採算がとれている雑誌はどのくらいあるのか。数年現場を離れている身としては、あれだけの雑誌が続いているのが不思議に思わざるを得ない。
『居合道虎の巻 令和版』でも全国各地に取材・撮影に行った。カメラマンへのギャラを節約するために多くの写真は私が撮影したとはいえ、雑誌と同じように費用がかかっている。今回、本書の定価が高いと感じた方もいるかも知れないが、想定される販売数を考えてつけざるを得なかった価格である。
以上のような事情で、今後『居合道虎の巻』を出せる可能性はあまり高くない。
だが、「剣道日本」や「剣道時代」がほとんど居合道を取り上げなくなった今だからこそ、何らかの形で居合道に関する出版活動を続けるつもりだ。紙の本だけにこだわっているわけではない。もちろん人々が情報を得る手段としては、今後もネットが中心になる。AIが必要な情報を提供してくれるし、動画で多くを知ることができる。だが私自身が表現できるツール、微力ではあるけれども人の役に立つことができるツールは、文字(とときどき写真)である。人が伝達手段として文字を必要としなくなる世界が遠い将来は訪れるかも知れないが、少なくとも私の生きている間は人類は文字を読むことをやめないだろう。そう確信しながら、次なる手を模索中である。
2026年2月3日記

