剣道のジェンダーギャップ指数は高い? 低い? 女性八段は今後生まれる?

観の目見の目

女性剣士も「女子◯段」は望んでいない?

 2021年から22年にかけて、『剣道の未来』の共著者の一人である、坂上康博教授(一橋大学)が主宰する「のびのび剣道学校」に参加させていただいた。コロナ前までは年に1回集まって講習や実技を行っていたが、今回はzoomによるオンライン開催となった。

 4回に渡って開かれ、毎回テーマを設定して、グループに分かれて討論(というよりはもっとくだけた雰囲気の話し合い、または雑談)を行い、それを最後に全員の場に戻って報告し合うという形式だった。剣道をしている普通の人たち(名前が通っている指導者もいるが)の意見が聞けてとても有意義だった。

 2月に行われた最終回のテーマは「ジェンダー」だった。私が一番知りたかったのは女性八段のについて皆さん、とくに女性剣士の方々がどう思っているかである。私の意見としては、柔道のように「女子◯段」とはしないまでも、女性八段を積極的に作るべきだと思う。そのためには、女性七段も相当数いるのだから、女性は女性同士で審査の立合を行って合格者を出してもいいのではないか、今のように男女混合で同じ年齢層の相手と立合をするという審査方法では、女性が評価されるのはかなりむずかしいだろうから……。

「のびのび剣道学校」でそんな話を最初にさせていただいたが、女性の方も多く参加されていた中で、賛同する声はほぼ皆無だった。まあ予想はしていたものの、1人か2人は賛成してくれるかと思っていたのだが……。

 賛同しない理由を要約すれば、同じ基準で判断すべき、同じ基準で八段と認められたいということだった。基準を下げて実質的に「女子八段」とするのでは意味がない、価値が下がると皆さんはとらえているのだ。

 剣道は、女性が男性とある程度対等に戦える競技である。全日本レベルのトップクラスでは無理だろうが、京都大会の立合でも七段同士で女性が男性に勝つことはある。一般の地域の大会などで男女が対戦し、女性が勝つこともわりと頻繁にあるだろう。日頃稽古をしていても女性剣士は男性と対等にできると感じている。だからそういう意識になるのだろう。ある意味では、剣道はジェンダー平等が進んでいるというより、もともとジェンダーギャップが少ない競技なのかも知れない。そういう特性がある。

 だから「女子八段」を作るために審査方法を変えようというような発想をする人はいないのだろう。男性からも当事者である女性からも、公の場でそういう問題提起がされたことさえないのかもしれない。けれどもそういう特性が逆に、女性の八段がいないというジェンダーギャップを生んでいるとは言えないだろうか……。

 ちなみに柔道では女子八段が7人いて(たぶん全員健在)、2019年には史上2人目の女子九段が誕生している。

八段が男性だけなのは当たり前?

 もう一つ提案したいのは、あらかじめ女性を何名か合格させるという枠を作っておく方法だ。段位は実力の絶対評価なのでそれはおかしい、という反論はあるだろうし、実現するためにはもう少し全体の合格者を増やす(つまり合格ラインを下げる)必要もあるだろう。

 剣道八段の合格率0.5%という審査は他の分野にも例がないほど厳しいものであることはよく知られている。私はもう少し合格率が高くていいと思う。その代わり九段、十段を復活させ特に優れた人はさらに昇段させればいい。八段合格者はたとえば毎回の審査で50人ぐらいにして、その中に女性10人という枠を作ったらどうだろうか。

 ちなみに、今のように100人中99人以上が不合格という厳しい審査であるべきだというなら、たとえば二次審査は10人総当たりにするとか、点数制にするとか、もう少し細かく厳密に客観性のある基準で審査すべきだと私は考えている。

 さて、2021年に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数で、日本は156カ国中120位だった。よく例に出される国会議員の女性比率では、日本は女性が10%ほどで193カ国165位、G20の首脳会議構成国で最下位だ(2018年)。その対策として話題に上るのが議員や企業役員などの「クオータ制」、つまり総数の3割なら3割を女性に割り当てると決めておく制度である。世界の多くの国が取り入れているが、日本では進んでいない。

 つまり剣道八段にも「クオータ制」を取り入れてはどうかというのが、ここでの私の提案なのだが、まあ賛成してくれる人は少ないだろうなあ。

 2020年から翌年にかけて、内閣府がクオータ制について地方議員を対象に行なった調査で、女性議員の53.6%がクオータ制を評価したが、男性議員は20.0%しか評価しなかったそうだ。閣僚にももっと女性をという声はあるが、2022年2月現在の岸田内閣では、閣僚20人中女性は3人でG7最下位である。

 女性の大臣の国会答弁がしどろもどろだったり、何か失敗すると、「女性を登用したくてもこんな力不足の人しかいない」「男女の比率にとらわれず能力のある人がなるべき」というような声が高くなる。日本ではクオータ制を望む声はあまり高くなく、無理に女性を登用しなくてもいい、という空気があるように感じる。中高年男性だけでなく若い男性、あるいは一部の女性もそう考えているかもしれない。

 剣道もまさにその縮図というか、議員や企業役員の世界以上に、男性が上位(八段)を占めるのが当たり前とみんなが思っている気がする。あからさまに言えば女性の剣道を下に見ている男性も少なからずいると感じる。それに加えもともと女性剣士の絶対数が少ない上に、前述のような女性剣士自身の意識もある。だからこそ審査方法を変えないことには永遠に変わらないと思うのだが……。

 ちょっと隣を覗いてみて欲しい。ご存知の方も多いと思うが、全日本剣道連盟傘下の居合道では過去6名の女性八段が生まれている。1名は故人だが、残りの方々は現役指導者として活躍している。その一人である木ノ本みゆき教士は、(コロナ前は)毎年ヨーロッパに出向き女性だけの居合道講習会で講師を務めていた。もちろん男性の指導もしている。何度かお話をうかがったことがあるが、女性ならではの感性から生まれる言葉には、男性の指導者とはまた違う説得力があってとても興味深かった。男性が既存の理論や教え方の域からなかなか出ないのに対し、普段の生活の中から生まれてきたような言葉を持っている。もちろん男性にも独自の言葉を持つ指導者はいるのだけど。

 また、若くして居合道七段になった30代の女性が、50代、60代の低段位の男性を指導する場面も見たことがある。それが居合道では当たり前の光景だ。剣道もそうなるべきだと私は思う。

 そういう状況が、少なくとも女性がもっと夢や目標を持って取り組むことにつながり、女性の人口を増やす(少なくとも途中でやめる人数を減らす)ことにつながると思うからだ。女性剣士が減って5人の団体メンバーを組めない高校も増えている今こそ、考えるべきだろう。

(2022年2月記)

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