昭和の剣道

全日本選手権物語

第16回全日本剣道選手権大会(1968)、市役所勤務の上段剣士が、45歳の最年長記録で優勝

第16回全日本剣道選手権大会は昭和43年(1968)12月1日に行われ、45歳の上段剣士・山崎正平(新潟)が頂点に立った。これは令和6年現在も最年長優勝記録として残っており、かつ最後の40代優勝者となっている。また新潟県所属の選手では3位以...
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第14回全日本剣道選手権大会(1961)、上段の名手・千葉仁が22歳で頂点に

第14回全日本剣道選手権大会は昭和41年(1966)12月4日に開催され、東京都代表、警視庁所属、22歳の千葉仁(まさし)が初出場で初優勝を飾った。千葉はその後2度の優勝を重ねて史上初の3回優勝を果たし、上段ブームの象徴として昭和40年代の...
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第10回全日本剣道選手権大会(1962)、戸田忠男が優勝。上段ブームの幕が開く

昭和37年(1962)12月2日に開かれた第10回全日本剣道選手権大会を制したのは、当時23歳で五段の上段剣士・戸田忠男(滋賀)だった。  戸田は前年の昭和36年に慶應義塾大学を卒業して東洋レーヨン(現東レ)に入社、滋賀事業所に勤務していた...
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第8回全日本剣道選手権(1960) 21歳の若武者が剣道界に新しい風を起こす

昭和35年(1960)、全日本剣道選手権大会には最初の大きな波が訪れた。それまで7回の大会ではすべて30代、すなわち戦前に剣道を経験していた剣士が優勝していたが、初めて戦後派の20代、それも弱冠21歳の優勝者が誕生した。延岡市にある旭化成の...
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第1回全日本剣道選手権(1953) 「誰にも親しめる剣道として…空前の試み」

記念すべき第1回全日本剣道選手権大会は昭和28年(1953)11月8日、東京の蔵前国技館で開催された。『剣道百年』(庄子宗光著・時事通信社)にはこの大会の意義が次のように記されている。 「本選手権大会こそ新発足後の剣道連盟が世に問う最大の大...
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2万人を超える観客を集めた、昭和31年の第3回全日本東西対抗剣道大会

冒頭の写真を初めて見たときの衝撃は大きかった。昭和31年(1956)4月29日に開催された、第3回全日本東西対抗剣道大会の写真である(第1回全日本薙刀選手権が同時に行われており、写真は薙刀演武の場面。手元には薙刀の写真しかない)。  現在東...
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大分・国東半島の東端に強豪校があった。国東安岐高校、昭和35年のパレード

昭和35年(1960)、インターハイ男子団体で優勝を果たしたのは大分県の国東安岐高校だった。昭和23年(1948)に開校し、当時の正式名称は大分県立国東高等学校安岐分校。「新時代の覇者たち」という連載で、同校について取材したのは平成3年(1...
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惠土孝吉さん(金沢大学名誉教授)が求めた、色彩豊かな剣道

(本稿は『剣道日本』2023年7月号に掲載された記事に加筆したものです)  令和5年4月21日、金沢大学名誉教授の惠土孝吉さんが逝去された。全日本選手権2位1回、3位3回など選手として輝かしい実績を残し、指導者として中京大学、金沢大学の学生...
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「人間わざではない」風のような剣を遣った鈴木守治さん

古い話だが、『剣道日本』の平成3年4月号から1年間、「新時代の覇者たち」という連載を担当した。昭和27年(1952)に戦後剣道が復活してから昭和40年代頃までに全日本選手権やインターハイなどで活躍した選手を訪ね、当時の話を聞いて紹介する連載...